パルテノンジャパン、『Battleship Diplomat』出版記念イベントを東京で開催

2026年10月22日、パルテノンジャパンは、ナンシー・スノー博士の最新著書『Battleship Diplomat: The Enduring Legacy of the USS Missouri(Battleship Diplomat――USSミズーリが遺した不朽の遺産)』(Naval Institute Press刊)の出版を記念するイベントを開催しました。

会場となった東京・永田町のMIDORI.so Nagatachoには、ヴィクトリア・リー駐日スウェーデン大使をはじめ、50名を超えるゲストが集まり、歴史と外交をテーマに交流を深めるひとときとなりました。

スノー博士は十数年以上にわたり日本を生活の拠点としてきており、その意味で東京は、本書の出版を祝う最初の場所としてふさわしい都市でした。博士にとって、戦艦ミズーリの物語は、日本と米国を結ぶ歴史や両国の関係と切り離して考えることのできないものなのです。

 

 

戦争が終わり、新たな歴史が始まった戦艦

戦艦USSミズーリは、1945年9月2日、艦上で日本の降伏文書調印式が行われ、第二次世界大戦が正式に終結した場所として広く知られています。しかし、『Battleship Diplomat』が描くのは、それが終わりであると同時に、新たな始まりでもあったという歴史です。本書では、これまで活字として紹介されることのなかった証言も交えながら、その後のミズーリの歩みをたどっています。

イベントはレセプションと乾杯で幕を開け、続いてスノー博士とパルテノンジャパンCEOのパーカー・J・アレンによる対談が行われ、本書に描かれた歴史的背景が紹介されました。
スノー博士は、降伏文書調印式からわずか7カ月後、ミズーリが地中海への外交航海に出発した経緯を語りました。1946年4月、ミズーリは、駐米トルコ大使を務めた故ムニル・エルテギュン氏の遺骨を祖国に送り届けるため、イスタンブールに入港しました。ボスポラス海峡には数万人もの人々が集まり、その到着を見守りました。この訪問はニューヨーク・タイムズ紙でも報じられました。

この航海は、単なる儀礼的な訪問ではありませんでした。当時、ソ連がトルコやギリシャへの圧力を強めるなか、ミズーリの存在そのものが明確なメッセージを発していたのです。ギリシャのピレウスをはじめ、ナポリ、アルジェ、タンジールへの寄港は、軍艦が軍事力だけでなく、外交の手段としても重要な役割を果たせることを示しました。
これらの訪問は当時、国際的に大きな注目を集める出来事でした。しかし今日では、海軍史や外交史の専門家を除き、ほとんど知られていません。忘れられつつあるこの歴史を掘り起こすことが、スノー博士が本書を執筆した理由のひとつでした。

ミズーリの外交的役割は、その後も続きました。1947年9月、ハリー・S・トルーマン米大統領は、ブラジルで開催されたリオ会議からの帰途、ミズーリに乗艦しました。同行したのは、ベス夫人と娘のマーガレットでした。マーガレットは、かつてブルックリン海軍工廠で行われたミズーリの命名式で命名役を務めた人物でもあります。こうした縁から、ミズーリは「トルーマンのヨット」としても知られるようになりました。

本書では、太平洋戦争開戦まで駐日米国大使を務め、それ以前には駐トルコ米国大使も務めたジョセフ・グルーをはじめ、ミズーリの歴史に関わった外交官たちにも光を当てています。さらに、朝鮮戦争への参加、約30年間にわたる予備役期間、レーガン政権下での現役復帰、そして1991年の湾岸戦争での最後の実戦配備まで、ミズーリの歩みをたどります。現在、ミズーリはハワイの真珠湾で記念艦として保存され、世界中から訪れる人々に、その波乱に満ちた歴史を伝えています。

歴史と家族をつなぐ個人的な物語

スノー博士にとって、ミズーリの歴史は個人的にも深い意味を持っています。博士の父親は、1946年3月から5月にかけてミズーリに乗艦していました。それは、博士の研究の中心となった地中海への親善航海と、まさに同じ時期でした。博士が父親の乗艦歴を知ったのは、父親が亡くなった2005年のことでした。ミズーリを訪問しようとUSSミズーリ記念協会に問い合わせたことが、そのきっかけとなりました。パブリック・ディプロマシー(広報文化外交)、ソフトパワー、戦略的コミュニケーションを専門とする研究者として、博士は父親の経験を新たな視点から捉えるようになりました。

父親は、今日でいうところのパブリック・ディプロマシーの極めて重要な活動に参加していたのです。父親の経験と、博士自身が生涯をかけて取り組んできた研究テーマが、思いがけない形で結びついたのでした。本書の序文では、この家族の物語が語られています。そして本文では、綿密な調査に基づき、外交史におけるミズーリの役割が描かれています。外交、歴史、そして海に関心を持つすべての人に向けて書かれた一冊です。

なぜ『Battleship Diplomat』なのか?

タイトルについて尋ねられたスノー博士は、一見矛盾する言葉の組み合わせにこそ、本書の核心があると説明しました。私たちは、軍事力と外交を別々のものとして考えがちです。しかし、USSミズーリの存在は、そうした単純な区分には収まりません。戦艦が外国の港に入港すること自体が、一発の砲弾を撃つことなく、メッセージを発する行為となります。

埠頭で誰が出迎えるのか、誰が艦に招かれるのか、どのような式典が行われるのか、新聞がそれをどう報じるのか。そのすべてが、同盟国や敵対国、そして一般市民に対するメッセージとなるのです。USSミズーリは16インチ砲を備えた強力な戦艦でした。しかし、ときには、ただその場所に姿を現すことが、最も大きな意味を持つメッセージとなりました。

スノー博士は、本書を通じて、読者に外交を新たな視点から捉えてほしいと語りました。外交は、交渉のテーブルや大使館の中だけで行われるものではありません。人々の交流、象徴的な存在、式典、そして旅を通じても展開されるものなのです。また博士は、参加者に対して、自らの歴史を記録し、自分自身の物語を語り継いでいくことの大切さも呼びかけました。

対話と交流に満ちた一夜

対談の最後には、スノー博士のサイン入り『Battleship Diplomat』が当たる抽選会が行われ、異文化コミュニケーション・コンサルタントの馬場優子氏が当選しました。対談終了後も、ゲスト同士の会話は夜遅くまで続きました。

パルテノンジャパンは、友人、同僚、そして東京の国際社会で活躍する方々をお迎えし、スノー博士の著作の出版をともに祝う機会を設けられたことを、大変光栄に思います。
USSミズーリが東京湾に停泊してから80年以上が経過した今も、「マイティ・モー(Mighty Mo)」の愛称で親しまれるこの戦艦は、歴史や外交、そして国家と国家を結ぶ人々の役割について、私たちに多くのことを教えてくれます。

書籍について

『Battleship Diplomat: The Enduring Legacy of the USS Missouri(Battleship Diplomat――USSミズーリが遺した不朽の遺産)』
著者:ナンシー・スノー博士
出版社:Naval Institute Press
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