エピソード3:民主主義の芽生えから、戦争へと突き進む枢軸国へ

人口:7300万人(1940年時点)

世界恐慌は日本経済にも大きな影響を及ぼし、経済の低迷を招き、日本が経済成長を続けるための手段として、軍国主義や近隣アジア諸国の植民地化へと政治を転換させた。

日本は成長を続ける一方で、安価なエネルギーへのニーズが高まり、貿易や海外からの原油輸入に依存するようになった。しかし、不幸にも、これは日本にとって暗黒の時代となったのだ。日本は軍国主義を強め、日本経済を成長させ属国を作るために近隣のアジア諸国を武力で占領し始めたからだ。数十年の間に、日本は被植民地化を避けるための西洋化から、植民地の開拓者へと向かっていった。

この時代、日本の歴史は暗黒の方向へと向かい、日本は満州(中国東北部)、朝鮮半島台湾の占領に成功した。日本が枢軸国となり、アメリカの太平洋艦隊を無力化するために真珠湾を攻撃し、第二次世界大戦を開始した後、この植民地化の動きは急速に広まった。

第二次世界大戦中、日本は東アジアと東南アジアの連合軍に対して攻撃を開始し、イギリス領香港、イギリス領マラヤ(現在のマレーシア)、フィリピンで同時攻撃を行った。一時期、大日本帝国はシンガポール、マラヤ、ボルネオ、中部ジャワ、マラン、セブ、スマトラ、オランダ領ニューギニア(後のオランダ領東インド)も支配下に置いていた。このような島々の征服は、連合国による禁輸措置のため、日本がより多くの石油を必要としていたことに起因している。日本は、ガダルカナルをはじめとする太平洋の主要な島々を占領することで、石油の供給路を確保した。